高松高等裁判所 昭和43年(ラ)65号 決定 1969年11月25日
抗告人 阿部喜義
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
よつて検討するに、抵当権はもともと、その設定者が占有を移転することなく、債権の担保に供した不動産について、他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける一つの価値権であるにとどまり、抵当不動産の使用収益はもちろん、その占有をなす権利をも包含するものではないから、第三者がその抵当不動産をなんらの権原なしに占有する場合においても、その第三者が抵当物自体を滅失毀損してその価値を低減する虞がある等特段の事情のないかぎり、それによつて価値権たる抵当権が侵害されたものと認めることはできない。すなわち、抵当不動産が不法に占拠されることによつて直接に侵害されるのは、その使用価値であつて、したがつて、右不法占拠にもとづく損害金のごときは、これをもつて抵当物の交換価値を具体化した代位物とみることはできないといわなければならない。ところで、民法三七二条、三〇四条は、抵当権の効力が抵当物そのもののみならず、抵当物の交換価値を具体化した代位物にも及ぶことを規定したものにほかならないのであるから、抵当物の不法占拠にもとづく損害金が抵当物の交換価値を具体化した代位物と認めることができないこと右にみたとおりである以上、抵当権者は、前記法条にもとづいて右損害金に代位することができないというよりほかはない。なお、抵当不動産が他に賃貸された場合の賃料については、これをもつて目的物の交換価値の漸次的具体化とみる余地があるところから、抵当権の効力は賃借人の支払う賃料債権にも及び抵当権者は前記法条にもとづいてこれに物上代位することができると解しえないわけではないけれども、賃料は目的物使用の対価であるのに対し、不法占拠にもとづく損害金は不法行為にもとづく損害賠償金であつて両者はその法律上の性質を全く異にしており、右損害金の額が特段の事情のないかぎり賃料相当額を標準として算定されるため外形上両者が類似する場合があるからといつて、その結論を左右すべきではないから、右賃料債権が物上代位の対象たりうることから当然に、不法占拠にもとづく損害金もまた物上代位の対象たりうるとすることができないことはいうまでもないといわなければならない。
以上のとおりであるとすると、右と同様の理由から本件債権差押および取立命令の申請を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 橘盛行 今中道信 藤原弘道)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取り消す。
抗告人の相手方に対する別紙<省略>記載の債権の弁済にあてるため、相手方の第三債務者に対する別紙記載の債権はこれを差し押える。
右差し押えた債権につき相手方は取立その他一切の処分をしてはならない。また第三債務者は相手方に対し支払いをしてはならない。
右差押えにかかる債権は抗告人においてこれを取り立てることを許可する。
申請費用および抗告費用は相手方の負担とする。
との裁判を求める。
抗告の理由
民法三〇四条、同法三七二条の立法理由は抵当権が目的物の交換価値を把握し、これをもつて優先弁済にあてる権利であり、目的物が何等かの理由でその交換価値を実現したときは抵当権はその上に効力を及ぼすことを規定しているもので、同法が目的物の賃貸の対価に抵当権の物上代位を認めているのは目的物を賃貸するときその交換価値の減少をきたすことは取引の実情にてらし明かなところであり、賃貸による対価の収受は目的物の交換価値の漸次的実現又は交換価値の一部実現に外ならないからである。
しかして目的物の賃貸による対価の収受と目的物が不法占有されたことによる賃料相当額の損害金の収受とは目的物の交換価値の実現という点から考慮すれば何ら差異はない。
目的物が毀損されたことによる不法行為の損害賠償請求権が物上代位の目的となることについては判例学説に異論はなくその理由は目的物の交換価値が減少し、その賠償金の収受が交換価値の一部実現であるからである。
目的物が不法占有されればその価値が減少することは取引の実情にてらし明白であり、目的物が不法占有されたことによる賃料相当額の損害金の収受は目的物の交換価値の一部実現であり、目的物の毀損による不法行為の損害金の収受と目的物の不法占有による損害金の収受とは目的物の交換価値の実現という点から考慮するとき同視されるものである。
事を実質的に考えてみても債務者は抵当権の不法占有者と賃料相当額の損害金を月五〇、〇〇〇円と約定して収益をあげているのに、債権者が抵当権に基いて債権の満足をはかることができないとすると抵当権の実行を著しく弱めるもので債権者と債務者間の公平を欠ぐものといわなければならない。
したがつて目的物が不法占有されたときの賃料相当額の損害金についても民法三七二条により抵当権に準用される同法三〇四条の規定により、又は同法の類推適用により抵当権の物上代位をみとめるべきである。
原決定は不法占有の継続の結果その競落価格が一部低落することを予想し、不法占有なかりせば低落せざりし目的物の本来の客観的交換価値と、現実の一部価値の低落せる競落価格との差異が生ずることを認めながら、その損害は不法占有者の賠償すべき賃料相当の損害金の総和と一致するものではなく、またその性質も両者は異なるものと形式的に説示されているが原決定の説示の論旨をつらぬくなら賃料についても賃貸なかりせば低落せざりし目的物の本来の客観的価値と現実の一部価値の低落せる競落価格との差異が生じこれは賃料の総和とは一致せず、賃料についても物上代位は否定的でなければならないにかかわらずこれを肯定している(賃料については具体的説示はないが文意からこれを認められているようにみうけられる。なお賃料については肯定判例として昭和三一年九月四日東京高決定、昭和三一年(ラ)四一九号下級民集七巻九号二三六八頁、東京民報七巻九号一八八頁、新聞二二号四頁、大阪高裁昭和四一年(ラ)一二六号判例時報五〇六号昭和四三年二月二一日号三九頁)ことはその説示が形式的であるようにみうけられ物上代位の交換価値の実現と言う立法理由から考慮するとき賃料と賃料相当額の損害金とは差異がないものであり原決定が抗告人の申立を却下したことは違法と考える。
よつて抗告の趣旨記載の御裁判を求めるため本抗告に及んだ次第である。